路地裏の食文化を撮り続けてきた私は、ある日、深水埗の小さな酒家で一皿の泡椒鳳爪に出会った
透明なガラス皿に盛られた白い鶏の足、そこに浮かぶ赤い泡椒と淡く香る花椒。その光景をファインダー越しに捉えた瞬間、香港の喧騒の中に四川・成都の風土が重なって見えた。泡椒鳳爪は単なる前菜ではなく、発酵という時間の芸術と香辛料の知恵が融合した文化の結晶だと感じる。
酸味は乳酸発酵から生まれ、辛味は舌を刺すのではなく、穏やかに広がる。そのバランスは、写真でいう露出のように繊細で、ひとつでも狂えば魅力を失う。だからこそ私は、この料理を「撮る」と同時に、「再現する」ことにも意味を見出す。
三人分で、香港の街市で手に入る新鮮なものを選び、仕込む
自分で作って撮ろうとすれば、家族の分までつくろうと決めた。三人で囲む食卓を想定すると、主役となる雞脚は約500g。香港の街市で手に入る新鮮なものを選び、まず丁寧に洗い、爪の先を切り落とす。私は撮影前の下処理を特に重視する。清潔で整った形が、仕上がりの美しさを左右するからだ。
香りの核となるのは四川泡椒100gとその漬け汁、さらに青または赤の花椒を大さじ一杯、にんにく四〜五片、生姜数枚を用意する。ここに白酢またはレモンの薄切りを加えると、香港らしい爽やかなニュアンスが生まれる。塩と氷砂糖は味の輪郭を整え、少量の白酒が香りをまとめる役割を担う。材料は多く見えるが、写真でいうレイヤーのように、それぞれが重なり合いながら全体の調和を作る。
「冷水から始める」質感を決めるコツ
鍋に冷水を張り、雞脚と生姜、少量の料酒を入れてから火にかける。この「冷水から始める」という工程が、臭みを抑えながら旨味を引き出す鍵になる。沸騰してから約七分、内部まで火を通しつつ柔らかくなりすぎない状態で火を止める。ここで重要なのが、撮影でもよく使う“瞬間”の判断だ。茹で上がったらすぐに氷水へ移し、流水で表面の脂を丁寧に洗い流す。この急冷によって皮が締まり、あの独特の「Q弾」とした歯応えが生まれる。水気をしっかり切ると、光沢のある美しい質感が現れ、写真に収めたくなるような状態になる。
発酵の時間を味わう。漬け込みと文化の余韻
最後に、冷ました湯に泡椒とその漬け汁、花椒、塩、砂糖を合わせて漬け液を作る。そこへ雞脚を沈め、密閉容器に入れて冷蔵庫で十二時間から二十四時間寝かせる。この「待つ時間」こそが、この料理の本質だと私は思う。香港の忙しい生活の中で忘れがちな、ゆっくりと味が育つ感覚。翌日、蓋を開けると漂う酸と香りは、まるで成都の市場を歩いているかのような錯覚を与える。保存は冷蔵で三日から五日以内に食べきるのが理想だ。器に盛り、カメラを構え、そして一口。シャッターと同じように、その瞬間は二度と同じ形では訪れない。泡椒鳳爪は、私にとって食であり、記録であり、文化そのものなのである。
先に言っておくと、私の本業は写真だ。二十年以上、香港で千を超えるレストランを撮り歩き、皿の上の一瞬の光を追いかけてきた。料理は逃げないが、美味しく見える瞬間は逃げる。だから私はいつも、まるで事件現場を調べる刑事のようにレンズを構える。犯人は光、被害者は影、そして私はその関係を暴く。
そんな私が、ちゃっかり翻訳もやっているのは単に語学が好きだからだ。写真で皿の表情を捕まえるのと同じように、言葉にも“いい角度”がある。中国語と日本語をいじって楽しむのも、結局はその延長線上だ。
このサイトに写真・デザイン・飲食だけでなく、言語の話題まで並ぶのは──まあ、そういう性分ということだ。
