静かな食卓に差し込む香しい揚げ春巻き
この写真は、私がさまざまな食文化と向き合う中で撮影した一枚だ。灰色の皿の上に整然と並ぶ、黄金色の揚げ春巻き。周囲にはレタスやミント、そして甘酸っぱい大根の漬物が添えられ、二種類のディップソースがそっと寄り添う。
俯瞰の視点で切り取ることで、料理そのものだけでなく、食卓に漂う清潔感や静けさ、そしてこれから始まる「食べる行為」への期待を表現した。軽やかな色調の中に、揚げたての香ばしさとハーブの清涼感が同時に感じられるよう意識している。
異文化が交差して生まれた一皿
この被写体である「タイ風揚げ春巻き」は、実はタイ固有の伝統料理ではない。もともとタイの食文化は、焼く・煮る・蒸す・和えるといった調理法が中心であり、大量の油を使う深い油揚げの技法は一般的ではなかった。また、小麦粉を使った皮の文化も希薄で、主食はあくまで米である。春巻きに使われる薄い小麦の皮は、中国南方の食文化に由来するものだ。
タイ語で春巻きを指す「ポーピア(ปอเปี๊ยะ)」という言葉も、福建語や潮州語の「薄餅」に由来しており、この料理が外来文化によってもたらされた証でもある。それはやがて、華人移民の流入とともにタイに根付き、現地の香辛料や味覚と融合して独自の進化を遂げた。
写真に刻む、味と歴史の重なり
タイ式に発展した春巻き、いわゆる「ポーピア・トート」は、中国南方の潮汕料理を源流としながら、タイ特有の風味によって再構築されている。にんにく、胡椒、パクチーの根といった香り高い要素が加わり、さらに魚露や甘酸っぱいチリソースと組み合わさることで、東南アジアらしい味の奥行きを生み出している。具材もまた、春雨や挽き肉、きくらげ、海老といった多様な食感が重なり合い、一口ごとに異なる表情を見せる。
私はこの一皿を、単なる料理としてではなく、歴史と文化の交錯する「記録」として捉えた。写真の中にある余白や配置は、味わいそのものだけでなく、その背景にある人の移動や文化の融合、そして今この瞬間に存在する食のかたちを静かに語っている。
先に言っておくと、私の本業は写真だ。二十年以上、香港で千を超えるレストランを撮り歩き、皿の上の一瞬の光を追いかけてきた。料理は逃げないが、美味しく見える瞬間は逃げる。だから私はいつも、まるで事件現場を調べる刑事のようにレンズを構える。犯人は光、被害者は影、そして私はその関係を暴く。
そんな私が、ちゃっかり翻訳もやっているのは単に語学が好きだからだ。写真で皿の表情を捕まえるのと同じように、言葉にも“いい角度”がある。中国語と日本語をいじって楽しむのも、結局はその延長線上だ。
このサイトに写真・デザイン・飲食だけでなく、言語の話題まで並ぶのは──まあ、そういう性分ということだ。
